最近よく耳にする「モラハラ夫」や「DV」ですが、そもそも「モラハラ」・「束縛」・「DV」とはなんなのか皆さんご存知でしょうか?
モラハラとは、「モラルハラスメント」の略で身体的な暴力ではなく、言葉や態度といった精神的苦痛を相手に与える行為の事です。
そしてDVとは、「ドメスティックバイオレンス」の略でモラハラとは違い夫婦間やパートナー間の家庭内での暴力の事です。
そして、これらの行為を妻へ対して行う夫のことをモラハラ夫・DV夫と言います。
今からお話しするのは私が実際に旦那から受けた体験談になります。
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モラハラ束縛DV夫化したアメリカ人の元旦那
23歳だった私は、バーで知り合ったアメリカ人男性に一目惚れしました。そう、その男性こそが将来の旦那=モラハラ束縛夫になる人です。
旦那に出会う2年前に海外留学から帰ってきた私は、外国人とお付き合いしたり、結婚するのに憧れていました。
ちょうどそのタイミングでの彼との出会いに舞い上がっていた私は、彼の性格をほとんど知らないままお付き合いをスタートさせ、すぐに同棲しました。
付き合いたての頃は、自分のことよりも私のことを考えてくれる彼。何よりも私を優先にしてくれる彼でした。
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ところが付き合って2か月くらいたったある日、私が仕事から帰ってくると「どこ行ってたの?なんで10分も遅れて帰ってくるの?」と少し怒ったような口調で彼が聞いてきました。
「え、時間ぴったりには帰ってこれないよ。少しくらい忙しい日もあるよ。」と私が言うと、彼は私のシフト表を確認したり、鞄の中に仕事のユニフォームが入ってるか調べ出しました。
その日から、私がメールを打っていると隣から携帯を覗いてきたり、「ケータイのパスワードを俺にも共有して欲しい」と言ってきたりと彼の束縛は次第にエスカレートして行き、私が友人から誘いがある度に「22時までには帰ってこい。」「俺が連絡したらすぐに帰ってこい。」「バーには行くな。」「何処にいるのか写真を撮ってくれ。」と言われるようになりました。
私は、もう耐えられなくなり別れを切り出しました。
すると、彼は発狂して私が大切にしていたぬいぐるみを引きちぎり、本をゴミ箱に投げ捨て、私の私物を全部袋にまとめて「今すぐ出て行け!」と怒鳴りました。
それから私達は別れることになりましたが、数日後彼から連絡が来て「申し訳ないことをした。謝りたい。俺はバカだった。許して欲しい。」と言われました。
当時の私はまだ彼が好きと言う気持ちが強くて、もう一回やり直してみようと思い、すんなり彼を許してしまいました。
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モラハラ束縛DV夫の特徴
今思えば、これこそよく言われるモラハラ束縛夫の特徴的な行動だと思います。
- パートナー、パートナーの家族、友人に対して馬鹿にするようなことを言う。
- 嫉妬や依存、束縛が激しい。
- 大声で怒鳴る。
- 大切な物を人質に脅す。
全て当てはまります。
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ちょっとした言葉がキッカケで、急にモラハラ束縛DV夫に暴力を振るわれた
それからしばらくして、私は妊娠していることに気づき彼も初めての自分の子にとても喜んでくれました。
しかし、妊娠6か月の時のことです。彼が朝6時に飲み会から帰宅してきました。
そこで私は「なんで私は友達と遊ぶ時に門限があるのに、あなたは自由なの?」と尋ねると、酔っていた彼はその一言に激怒したのです。
そう、彼はお酒を飲むと人が変わる男だったのです。
「うるさい!出て行きたければ出て行け!」と呂律も回っていない状態で怒鳴ってきたのです。
また喧嘩になるよりは実家に帰ろう。私はそう思い、荷物をまとめて家を出ようとしました。すると彼は、玄関を出た私を追いかけてきて髪を掴んでこう言いました。「おいビッチ!来い!中に入れ!」
私の髪を掴んだまま引っ張り、そのまま私を家の中へ引っ張り戻したのです。
そのまま私は彼に2、3回往復ビンタをされ、そしてベッドに押し倒され、枕で何度も何度も叩かれました。
彼は私に馬乗りになり「You are fucking trash (お前はゴミだ)」その言葉を何度も私に言ってきました。
このままだと殺される。そう思った私は、警察に110番通報して助けを求めました。
5分もしない間に私達の家に警察が10名程到着し、彼はそのまま事情聴取の為警察署に連行され、私はその場で何があったのか細かく聞かれました。
その日から私はまた実家に帰ることになり、1か月程別居が続きました。
妊娠中と言うこともあり、すぐに離婚しようという考えが出ませんでした。
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出産直前にモラハラ束縛DV夫と再会
しばらく別居が続いたある日、彼から「そろそろ子供も産まれるし、ちゃんと話さないか?」と連絡が来ました。
もちろん、私は両親に2人だけで会う事に猛反対され、間に私の両親を挟んだ4人で話し合いを持つことになりました。
1ヶ月ぶりに会う彼は、深く反省したように見えました。
私の両親に対しても「ごめんなさい。二度と彼女には手を出さないと約束します。」と頭を深々と下げたのです。
これに私の両親は、「娘が彼のところに戻ると決めたなら反対はしません。でも、またこんな事が繰り返されるようなら次は絶対に許しません。」と言ってくれました。
「子供も産まれるのでもう一度だけ彼にチャンスをあげて欲しい。」と言う私の考えを優先してくれたのです。
それから5ヶ月、小さな喧嘩はありましたが前回のような事はなく、無事に子供も生まれてました。
「このまま家族3人で仲良く暮らせるかもしれない。」と私は思っていましたが、それは間違いでした。
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出産後も子育てに協力しようとしないモラハラ束縛DV夫
旦那は仕事が終って帰宅すると寝るかゲームする。仕事が休みの日もゲームばかりでほとんど子育てのサポートはしてくれませんでした。
それどころか、子供が泣けば「お前はお母さんなのに子供を泣き止ますこともできないのか?」「お前本当に面倒見てるのか?」「うるさい!」と私に言ってくるのです。
そんな生活がしばらく続いて子供も1歳を過ぎた頃、私は2人目の妊娠が発覚しました。
私は嬉しい気持ちとは反対に、「旦那は喜んでくれなかったらどうしよう。」という気持ちのまま、恐る恐る彼に妊娠している事を伝えました。
すると、想像とは裏腹に彼は喜んでくれて、「おお!◯◯(上の子の名前)がお姉ちゃんになるのか!産んでほしい!」と言われました。
私は、「良かった。これで安心して子供を産める。」と安心しきっていました。
ところが妊娠2ヶ月のある日、旦那に上の子を預けて友人の結婚式に参加しました。
旦那にはすぐに帰ってくると伝えていましたが、予定よりも30分程長引いてしまったので急いで帰宅しました。ですが、旦那はすでに怒っていました。
「お前本当は何処に行ってた?男とホテルに行ってたんじゃないのか?」「もしかして、お腹の子も俺の子じゃないだろ?」と私を疑ってきたのです。
私は結婚式の招待状を彼にみせ、「なんで疑うの?本当に結婚式に行ってたんだよ。」と言いましたが、彼は「お前のことは信用できない。上の子も連れて実家に帰れ!」と夜中から家を追い出されました。
そのまま別居が3、4ヶ月続きました。「週に1回は上の子に合わせろ」と言ってくる旦那からの言い分を聞いて週に1度は会っていましたが、その間に1度もお腹の子のことは聞いてくる事はありませんでした。
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2人目の出産直前にモラハラ束縛DV夫との離婚を決意
別居から5ヶ月経ったある日、彼から「いい加減に離婚しよう。浮気した女の事は信用できない。頼むから離婚届を書いてくれ。」「お腹の子の面倒もその子のお父さんに頼むか、1人で育てろ。」と言われ、離婚届を渡されました。
その時の私は、子供達のことを優先に考えた時に何が正しいんだろうか。と冷静な考えが出来るくらい彼への気持ちは冷めていました。
もちろん、自分の中で出た答えは「子供達を守ろう!こんなパパならいない方がマシだ。パパがいなくても私が頑張れば子供達を幸せに出来るかもしれない!」と思えたのです。
離婚を決意した私は、親権は私が持つ事を約束させた上で離婚に応じました。
それが原因で下の子が生まれる1ヶ月前に私はシングルマザー になり、下の子を一人で出産しました。
アメリカ人の旦那も、私と離婚した事で日本に居れる資格はなくアメリカに帰国しなければならなくなり、「養育費も払う気はない。」と言われたので今は連絡も取っていません。
今は二児のシングルマザー ですがとても幸せです。今思い返せば、とても窮屈な人生だったなと思います。子供たちも今では3歳と1歳になり、パパがいなくても立派に成長中です。