毒親の虐待を受け育った子供は不幸なのか?

毒親の虐待家族のトラブル
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絶対的な愛情で、優しく時に厳しく育ててくれる親。私は子供のころ、そんな親はテレビや本の中にしか存在しないと思っていました。

なぜなら、私は親から虐待を受けて育ったためです。残念ながら私の親は、「毒親」というカテゴリーに属する人間でした。しかし、この事実に気づいたのは随分と大人になってからです。

自分の親が毒親だと気づかず、ひたすらに親からの愛情を求める子供だった私は、心身共にたくさんの傷を負いました。そしてその傷は、今でもたまに私の心に痛みを与えます。

今でも、自分の幼少期の話をすると「可哀想に」「不幸な生い立ち」という言葉やまなざしを向けられることは少なくありません。その度、その人の優しい気遣いには感謝するものの、「毒親に虐待された自分は不幸な人間なのだろうか」と疑問を抱くのです。

今回は毒親に虐待された体験談と語るとともに、毒親育ちは不幸なのかということについて考えます。同じような境遇の人の役に立てれば幸いです。

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虐待する毒親に育てられた私

まずは、私が育った環境についてお話します。

私の母はとにかく手が出る人でした。母が私に暴力をふるう理由は様々でしたが、私が母の思い通りに動かなかったという理由が多かったです。傘で頭を叩かれた際には、傘の骨でこめかみをケガしてしまい、病院のお世話になったこともあります。

父は子供を叩く人ではありませんでしたが、自分の思い通りにならなければ罰を与えるという人でした。例えば父に「テストで100点取ってこい」と言われたにも拘わらず取れなかったとしたら、その日は夕食抜きの刑に処されます。また、「お前には無理」「どうせできないよ」など、心が痛む言葉を多くぶつけられ、今でも私は自分に自信が持てません。

私の泣き叫ぶ声や母が暴力をふるう音は近所中に響き渡っており、近所の人の通報により保健所の職員が家まで来たこともあります。しかし、保健所の訪問があった後は必ず、「お前がうるさいから変な奴が来ただろう」と叩かれるので、当時はできるだけ来ないでほしいと思っていました。

毒親の虐待を受けた子供は不幸なのか

このような生い立ちの私は、親との楽しい思い出はほとんどありません。周囲の人と幼少期の話がかみ合わないこともしばしばです。しかし私は自分の人生そのものを不幸だと思わないようにしています。

確かに私は親の虐待を受け、不幸な幼少期だったかもしれませんが、それは子供時代の話であり今ではないからです。

現在私は毒親の元を離れ、自分の力だけで生活しています。派手とは程遠い暮らしですが、信頼できる友人と飢えない程度のお金はあり、誰に殴られることも暴言を吐かれることもなく幸せな毎日を送っています。

私が何歳まで生きるのかは分かりませんが、毒親に虐待されて育った年数よりも、虐待されずに幸せに生きた年数が上回る見通しが立っているので、私は自分の人生を不幸だとは思わないのです。

しかし、この考えに至るまでには色々な考えを辿りました。「毒親に虐待されて、自分は不幸な人間だ」と思っていた時期もあり、そう思うことで心が救われたことがあったのも事実です。もしもこの記事を読んでいるあなたが、自分のことを不幸だと思ってもそれは間違いではありませんし、いつか考えは変わるかもしれません。

虐待から逃れるため、毒親と絶縁して見えたもの

前述しましたが、私は現在親と離れて暮らしています。

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